万松寺


身代り不動明王

名古屋市中区大須・万松寺

万松寺
名古屋市中区大須
天文16年(1547)三河の松平竹千代(のちの徳川家康公)
が6歳の時から約2年、万松寺で暮らしたことがある。




身代り不動明王
御立ち姿の石像。
一切の悪魔を降伏させる真言明王の御威勢を示す
妙相を表情に持っている。元亀元年(1570)織田信長
公が越前の朝倉城を攻めた帰り道、琵琶湖の北方で、
杉谷善住坊という鉄砲射ちにねらいうちされたが、
二発の命中弾は、信長公の懐の干餅にあたり、かす
り傷だけで、落命をまぬがれた。これも日ごろ信心の深
かった、不動明王の加護によるものといわれている。
この餅は当時の万松寺和尚からもらい受けたもので、
のちにこの話を聞いた加藤清正が「身代り不動」
と命名した。当時門前の茶屋で売っていた餅も
「身代り餅」と称され、災難、厄除けに多くの人に愛
されたという。現在、毎月28日にこの由緒を伝え
るため、当寺境内で餅をつき、参詣の方々に
厄除け、交通安全祈願のうえお配りしている。

万松寺には、織田信秀廟所もある。




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