阿茶局



東京都江東区三好

阿茶局墓塔  雲光院
阿茶局は弘治元年(1555)、武田家の家臣飯田氏の
子として生まれ、今川家の家臣神尾忠重の妻と
なりましたが、忠重の死後、徳川家康の側室と
なりました。大坂冬の陣には和睦の使者をつとめ、
家康死後は徳川秀忠の五女和子の入内に際し、
母代として在京しました。元和9年(1623)、従一位
に叙せられ、秀忠の死後は尼となり雲光院と称し、
寛永14年(1637)、83歳で没しました。

雲光院


阿茶局墓塔




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