明智光秀・桔梗物語


学生時代に司馬遼太郎氏の「国盗り物語」を読んだのです。
「幕末の坂本竜馬は明智左馬助(弥平次)光春(秀満)の子孫であるという。」
この一節の中にひょっとしたら歴史の秘密があるのではと思わされたのです。

むろんこの種の家系伝説というのはほとんど付会説か作りばなしが多いのですが、
坂本家の紋が光秀の桔梗紋を継いでいることを思うと、坂本家ではたてまえとし
ては左馬助の子孫を称していたことを思うと不思議でならないんです。

 そのため、ことあるごとに明智光秀を追い、光秀の関係者達を訪ね求めていったのです。

          

 その中で、光秀、細川ガラシャ、春日局…一人一人についての物語・解説書はありますが、彼等が、一族として歴史の流れの中においてどのような役割を果たしてきたかを論じる書物がないような思いがし、この時代を明智一族を通してみることにより、何か新しい視点や考察が出来ないかと思うようになりました。

 しかし、私は、歴史の専門家ではなく、原稿を作成する上での取り決め等(引用・定説・俗説等)がよく分からない為、様々な問題・いろいろ不明確な点があるかとは思いますが、今まで私が訪ね求めてきた世界を文章として書き留めておきたい
と思います。

                     明智光秀像
          
              
       滋賀県大津市下坂本3

 そして、二十数年後、本能寺の変戦没者合祀墓に同姓の名簿を見つけました。そんなに多くない苗字であり、代々、織田信長の出生地のひとつである勝幡城から数キロの所に住んでいることを思うと、今までの歩みは、ここに達するためのものではなかったのかと思わされたのです。

                 変戦没者合祀墓
         
                
京都市中京区・本能寺

歴史を訪ね求めていくことが、私達一人ひとりの人生にとても役立つということなのです。

はじめは史跡探訪のどこがいいのかと思われるかもしれません。


しかし、何度も訪れるうちに、だんだんと面白さを感じるコツのようなものが身についていくようになります。
このお城があったからこのような町が出来たのかとか、このお城とこのお城のためにこの道が出来たのかとか。だからこんな事件がこの場所で起きたのか。
あのヴィジョンをもったから、あのようなことをしたのか、そしてそれに必要な人物や物が集まったのか。
あるいは、なるほど、あの人物はここで生まれたのかとか、いろんなことがつながりだすのです。

このようにみていくと、あのお城とこの道とあの人物と私は無関係ではないような気がしてくるのです。

このような観点を身に付けていくと、大げさではなく人生が変わっていくのです。

あなたもあなたの近くの史跡から訪ねてみてください。
あなたの新しい世界が広がっていくますから。心から応援しています。


  


         
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