赤坂宿



岐阜県大垣市












赤坂宿


東  美江寺へ二里八町
西  垂井へ一里十二町
近世江戸時代五街道の一つである中山道は江戸
から京都へ百三十一里の道程に69次の宿場が
あり、美濃赤坂宿は五十七番目に当る。大名行列
や多くの旅人が往来しまた荷物の輸送で交通は盛
んであった。町の中心にあるこの四ッ辻は北に向う
谷汲巡礼街道と南は伊勢に通ずる養老街道の起点
である。東西に連なる街筋には本陣、脇本陣をは
じめ旅籠屋17軒と商家が軒を並べて繁昌した。










兜塚



この墳丘は、関ヶ原決戦の前日(1600年9月14日)、
杭瀬川の戦に笠木村で戦死した東軍・中村隊の武将
野一色頼母を葬り、その鎧兜を埋めたと伝えられ
ている。以後、この古墳は兜塚と呼ばれている。

戻る